肉離れなどの怪我に悩まされているアスリートの新たな治療選択肢 ACP PRP療法

清水 勇樹 先生

ご略歴

日本体育大学 保健医療学部 准教授 / 日本体育大学クリニック

プロフィール

産業医科大学医学部医科卒業。岩見沢労災病院、西日本病院、浜脇整形外科病院、産業医科大学病院、九州労災病院門司メディカルセンター、福岡スポーツクリニック、AR-Ex尾山台整形外科を経て、現在に至る。産業医科大学病院では、PRP療法を日本にいち早く取り入れたスポーツ整形外科班に所属し、PRP療法のノウハウを取得。2019年にはスペイン・バルセロナのquironsalud病院にてPRP療法研修を修了するなど、数多くのスポーツ傷害・外傷に対しPRP療法を行ってきた。

資格認定等

産業医科大学産業医学基本講座 修了認定、日本整形外科学会専門医、日本整形外科学会認定スポーツ医、日本体育協会公認スポーツドクター

本インタビューの概要

PRP療法の一種のACP PRP療法は、変形性膝関節症などの関節の痛みに対する新しい治療として知られるようになってきましたが、一方で、スポーツ活動による怪我の治療にも利用されています。

中でもアスリートの腱や靭帯の治りにくい疾患や治るまでに時間を要する怪我に対して注目されています。

今回は、スポーツチームドクターとしてアスリートの怪我の治療に専門的に携わっており、PRP療法においても10年以上の治療経験のある日本体育大学の清水先生にお話しを伺いました。

アスリートの怪我とPRP療法

Q

問題となるアスリートの怪我や疾患はどのようなものがありますか?

A

私は特にこれまで10年以上のサッカーチームのサポートを行ってきました。


現場で多く遭遇する怪我はやはり肉離れです。


その他、靱帯損傷(足や膝)も多く、続いて慢性スポーツ傷害である腱症・腱炎や軟骨損傷や半月板損傷を多く経験します。


特に、ハムストリング肉離れは肉離れの中でも発生率や再発率が高いとされ、復帰に向けて大変気を遣います。

Q

肉離れの治療にはどのようなものがありますか?

A

手術になる重度のものもありますが、基本的に保存療法となります。


電気や超音波などの物理療法や鍼灸療法、薬物療法、注射療法などがありますが、最も大事なのは損傷の程度や治療フェーズに合わせて行うリハビリテーションです。


またスポーツ復帰に向けたアスレチックリハビリテーションは早期復帰や再発予防に向けてとても重要です。


最近では、既存の保存療法でも改善の見られない場合や早期のスポーツ復帰を望む場合の新たな治療法として、ACP PRP療法が注目されています。

手術を避けたいアスリートの新たな治療選択肢

Q

PRP療法とACP PRP療法について教えてください。

A

多血小板血漿(Platelet-rich plasma、PRP)療法は自己末梢血を遠心分離して得られる血小板を損傷部位に注射することで、血小板から放出される多数の成長因子やサイトカインによる組織修復作用や抗炎症作用を期待した再生医療の一つです。


そして、ACP PRP療法はPRP療法の一種です。


最近の報告ではその安全性と治癒過程の加速または増強する可能性があることを示され、欧米ではACP PRP療法含めPRP療法はアスリートのスポーツ外傷・障害に対する治癒促進治療としてより一般的になっています。

ACP PRP療法について調べる

Q

なぜアスリートの怪我や疾患にPRP療法を行うようになったのですか?

A

スポーツ現場でチームのフロントやコーチングスタッフ、選手からメディカルチームに求められることは、いかに再発せず早く復帰させるかということです。


これまでの保険診療による保存療法ではこれらを達成することに限界を感じていました。


我々は、アスリートのスポーツ外傷や難治性障害を中心に2010年より一般消耗品を利用してPRP療法を開始しました。


初回のPRP投与症例は、膝蓋腱炎に数年来悩まされたプロサッカー選手で、日常生活にも支障が出ていた状態でした。


しかし、チーフチームドクターの提案で当時まだ日本のスポーツ医学会では広く知られていなかったPRP療法を数回実施したところ、これまで様々な保存療法を試しても改善がなかったにも関わらず、治療開始から3ヶ月のMRI画像上で膝蓋腱内の異常信号が消失し、スポーツ復帰が可能となったことを経験しました。


当初は懐疑的でしたが、日に日に良くなっていく選手を診て、PRP療法の効力とその有効性を目の当たりにし、PRP療法に大きな可能性を感じたことを今も鮮明に覚えています。


PRP療法は現場から求められた問いに対し、回答することができる有力な手段の一つであると感じています。

Q

どのような怪我や疾患に対してPRP療法は効果があると考えていますか?

A

我々がPRP療法に期待することは、細胞治療による正常に近い組織への回復(再発予防)や成長因子による治療期間の短縮(早期復帰)、自己血による保存療法の新たな選択肢(安全・手術の回避)です。


先に挙げた現場で多いスポーツ傷害・外傷以外にも、あらゆるスポーツ障害・外傷に適応があると考えています。


しかし、治療効果に関して、軟部組織の損傷(肉離れや腱炎など)についてより効果が高いと感じています。


関節軟骨や関節唇、半月板といった硬組織については効果が出るまでに時間がかかる印象です。

ACP PRP療法の具体的な治療手順やメリット・デメリットについて

Q

ACP PRP療法の治療の流れを教えてください。

A

治療は①採血 ②遠心分離 ③注射の3ステップで行われ、採血から治療提供まで15分程度で行うことができます。


様々な再生医療がありますが、少量(15ml)の採血で当日治療を受けることができ、その後帰宅可能です。


外来で行える非常に簡便で負担の少ない治療と言えます。

Q

ACP PRP療法のメリットとデメリットは何ですか?

A

メリットは上記の様に短時間で外来で治療を受けることができることや、薬機法で承認されたACP PRP作成専用の治療用医療機器を使うため調整時に無菌操作が行え、安全性が高いと考えられていることです。


加えて、PRP療法後の反応性の痛みについて、血小板以外の成分を極力少なくしている(PRPの専門的な分類方法ではPure-PRPやLP-PRPといいます。)ため、白血球成分が多く混入しているPRP (PRPの専門的な分類方法ではLR-PRPといいます。)と比較して痛みが少ないことが挙げられます。


また、PRP調性時に薬剤を用いることがあるのですが、一般的にACP PRP療法では、患者さんの血液のみを使用するため、注射時の異物反応が起きにくいと考えられます。


以上のようにACP PRP療法は整形外科で行われる再生医療の中では行いやすい治療の一つだと考えますが、デメリットとしては、自由診療となるため保険診療と比べると治療費が高額になりがちなことです。

Q

ACP PRP療法を受けられない患者さんはいますか?

A

血小板に影響を与える抗凝固剤や抗血小板薬を内服されている方や血小板機能の低下する疾患や、自己免疫疾患や癌の既往がある方は適応がありません。

Q

治療後どのくらいでスポーツ活動を開始できますか?

A

怪我の損傷の程度によりますが、ハムストリング肉離れ(中等度損傷)を例にすると、通常ACP PRPを行わない保存治療よりも約2-3週間程度治癒が早くなることを経験します。


これによりスポーツ復帰が早期に可能となります。


他にこれまでは自己修復がほとんど期待できなかった関節軟骨損傷や半月板損傷も時間をかけてACP PRP療法を複数回実施できれば、多くの症例で修復を確認できます。

Q

ACP PRP療法を受けた後の変化や治療前後の生活上の注意点などはありますか?

A

ACP PRP療法後数日間は、細胞の活発な代謝により、患部が腫れたり強い痛みがでたりします。


よってこの期間は、血液の循環が良くなるような入浴、飲酒、激しい運動などについては避けることが望ましいです。


ときどき、治療後全く痛みがでない患者さんもいらっしゃいますが、効果に影響はありません。ちゃんと効きますのでご安心ください。


ただ、個人の血小板の能力に依存した治療なので、効果が少ない時もやはりあります。


魔法でもなく、100%治せる治療ではないため過剰な期待は禁物です。


正しい適応と確実な投与と適切なリハビリを行う事がとても大事です。


また、普段服用している薬の中には、ACP PRP療法の効果の妨げになるものも含まれている可能性があるので、医師に申告し、必要であれば適切な薬剤に変更する必要があります。

Q

なかなか治らない怪我や慢性的な痛みに困っている方へのメッセージをお願い致します

A

ACP PRP療法は海外ではなかなか治らない怪我や慢性的な痛みに対する保存療法として主流となっており、日本でも徐々に実施可能な施設が増えてきました。


すべての怪我や病気に対して高いエビデンスレベルの研究は必ずしも多く有りませんし、PRP療法も数多くの種類があるため混乱することもあると思います。


しかし、上記スポーツ傷害・外傷における早期復帰や再発予防だけでなく、これまで治療に難渋してきた難治性腱損傷や関節軟骨損傷・半月板損傷の治癒を経験したことから、これらの疾患に対し希望の光が見えてきたと考えています。


これまでの固定概念を捨てて、手術療法前に一度検討することや、将来にむけた自分の健康への投資と思って、自分の血小板に希望を託すのもよいと思います。


ACP PRP療法だけでなくリハビリテーションなど総合的に治療を行なうことで、より相乗効果が得られると考えています。


その結果、患者さんの人生が良い色に彩られるように、ニーズに応じて確実にPRPを投与したいと思います。