五十肩、腱板断裂などの中高年で問題となる肩の病気にACP PRP療法  手術の回避や痛みを取り除く効果が期待できます

糸魚川 善昭 先生

ご略歴

順天堂大学医学部附属浦安病院 スポーツ医学センター センター長 /順天堂大学医学部整形外科学講座 准教授

プロフィール

順天堂大学医学部卒業、同医学部整形外科学講座入局、東北大学病院整形外科、順天堂大学医学部整形外科学講座、米国Mayo Clinic Biomechanics研究所留学を経て、現在に至る。

資格認定等

日本整形外科学会専門医・指導医、日本関節鏡・膝・スポーツ整形外科学会(JOSKAS)評議員、日本肩関節学会 代議員、千葉ロッテマリーンズチームドクター

本インタビューの概要

ACP PRP療法は、変形性膝関節症などの関節の痛みに対する新しい治療としてよく利用されていますが、中高年で問題となる肩の痛みにも応用されています。

今回は、肩の治療に専門的に携わっている順天堂大学医学部附属浦安病院の糸魚川先生に肩の疾患、治療法、ACP PRP療法の可能性についてお話しを伺いました。

肩の怪我や病気とPRP療法

Q

問題となる肩の怪我や病気はどのようなものがありますか?

A

私は肩疾患の専門医として、さまざまな経歴の患者さんの治療を行ってきました。


その中で中高年に一般的な肩の疾患としては、五十肩(凍結肩)、腱板断裂が最も多く、次いで変形性肩関節症が代表的です。

Q

五十肩と腱板断裂について教えてください。

A

中年以降、特に50歳代で多くみられる五十肩は俗称であり、正式名称では凍結肩と呼ばれます。


関節を包む袋である関節包が炎症を起こして硬くなり、肩が動かしにくくなった状態(拘縮)を指します。


また、広い意味の病名として肩関節周囲炎と言われる場合もあり、これは肩関節の周りに炎症が起こっていることを意味しています。


具体的には、腱板と上腕骨の繋がっている部分である腱板付着部の炎症を指す腱板炎であったり、力こぶの筋肉である上腕二頭筋の腱の一部に炎症が起こっている上腕二頭筋長頭腱炎であったり、より細かい病名がつけられることもあります。

五十肩の症状は炎症期、凍結期、回復期を経て改善すると言われています。


初期は動かすときや寝ているときに痛みを生じ(炎症期)、徐々に肩が挙がらなくなります(凍結期)。


次第に痛みが落ち着き、その関節の固さも回復していく(回復期)とされています。


しかしながら、数年間これらの過程を繰り返し、悩まされている患者さんもしばしばいらっしゃるのが実情です。


五十肩の原因については色々な説がありますが、関節を構成する腱板などが老化して肩関節の周囲の組織に炎症が起きることが主な痛みの原因となっていること、腱板と肩峰という骨の間にある滑液包や関節を包む袋(関節包)が癒着することが原因で肩全体の動きが悪くなっていると考えられています。


腱板断裂は五十肩と同様に中高年に多く見られる疾患で、肩を安定させるために働いている腱板が切れてしまった状態のことを言います。


肩を動かしたときの痛みや夜間の痛みなどの症状は五十肩と似ていますが、疼痛の改善が得られにくい事や腕を挙げた際に力が入らないなどの訴えがある事が異なっています。


そもそも腱板とは、肩を安定させるために働いている筋肉が肩の骨(上腕骨)に付着している部分(腱)のことを言います。


その名の通り、板のように平たくなっている筋張った組織で、これらの腱板がちゃんと上腕骨に付着していることで筋肉の力が肩関節に伝わり、肩関節が安定します。


腱板断裂ではその腱板の一部が骨から剥がれてしまっています。

腱板断裂はこの腱板やつなぎ目が加齢などの変化で衰えることに加えて、転倒などにより一時的な肩への負荷が契機となって生じます。


腱板が部分的に断裂してしまったものは部分断裂、完全に断裂してしまったものは完全断裂と分類されています。


五十肩と腱板断裂は症状だけでは完全には区別が難しく、MRIや超音波画像装置などで腱板が切れているか確認する必要があります。

Q

五十肩(凍結肩)の治療にはどのようなものがありますか?

A

五十肩の根本治療は可動域訓練、筋力訓練などのリハビリテーションです。


固くなってしまった肩を動かすのですから、当然痛みを伴いますので、様子を見ながら、リハビリテーションの量や強さを調整していきます。


しかしながら、そもそも肩に強い炎症と痛みがあり、動かすことも困難な場合は消炎鎮痛剤やステロイド注射などで痛みの緩和を図ります。


ステロイドは強力な炎症抑制作用がありますが、何度も注射すると組織を脆くしてしまうリスクがあるので、特に痛みの強い場合のみに回数を限定して行います。


これらの治療を行ってもなかなか改善が見られない場合には、サイレントマニュピレーション(非観血的関節授動術)や関節鏡下授動術という治療法があります。


サイレントマニュピレーションは肩に麻酔を行った上で、拘縮した肩を徒手的に動かし、強制的に肩の可動性を取り戻す方法です。


日帰りで治療はできますが、麻酔の効果が切れると痛みを覚えることも多く、痛み止めの内服薬を服用します。自転車や自動車の運転は翌日までできません。


関節鏡下授動術は数日の入院が必要な手術です。


内視鏡で肩の関節包を観察しながら、癒着した組織や関節包を電気メスで切開し、動きをよくします。

Q

腱板断裂の治療にはどのようなものがありますか?

A

ほんの少し剥がれただけの腱板断裂を除いては、断裂した腱板は自然に治癒することはありません。


しかし、リハビリテーションなどで肩甲骨の動きを良くしたり、残った部分の腱板をうまく使うための筋力トレーニングなどを行うことで多くのケースで症状が改善します。


痛みが強くて動かすのも困難な場合は五十肩と同じように消炎鎮痛剤や、特に痛みの強い場合はステロイド注射を行うことがありますが、前述のように副作用があるため注意が必要です。


これらの手術をしない治療(保存療法)が無効となると、手術が治療選択肢として検討されます。


しかし、腱板断裂は命に係わる病気ではないので、手術をしないという考え方もあります。


半数程度の患者さんで断裂部分は拡大していき、症状が悪化するケースがある一方で、中には痛みもなく日常生活を送ることができる方がいることも確かです。


断裂の大きさによって、適切な手術は変わってきます。


断裂個所が小さい場合は、関節鏡視下手術が一般的に行われています。 肩に内視鏡を入れ、断裂個所を観察しながら、はがれた腱板を縫合します。 比較的体への負担が少ない低侵襲治療と言われています。


断裂個所が大きい場合は、腿の筋膜を肩に移植する方法や、肩関節を丸ごと人工物に置き換える人工関節置換術などが選択肢となります。加えて、どんな手術も合併症のリスクがあることや、手術をしても腱板の再断裂のリスクは伴います。

五十肩、腱板断裂の新たな治療選択肢

Q

ACP PRP療法について教えてください。

A

ACP PRP療法は抗炎症作用を高めたPRP療法の一種です。


筋肉や腱のケガや病気、変形性関節症の症状緩和、治癒促進などに用いられています。


そもそもPRP(Platelet-rich plasma)は日本語では多血小板血漿と言い、患者さんの血液中の成分の血小板に主に含まれるタンパク質の作用に期待した治療です。


そのため、血小板さえ大量に濃縮すれば良いという考え方が以前ありました。


しかし、血小板の濃縮過程で同時に濃縮される赤血球と好中球という別の血液成分の混入が増え、PRPの炎症抑制作用や治癒作用がうまく発揮できないということや、血小板以外にも血漿と呼ばれる層にも治療作用があることが分かってきました。


ACP PRP療法は問題となる赤血球と好中球を調整工程で除去する一方で血漿と呼ばれる血液成分も含むように調整したPRPです。15mlと少ない採血量かつ15分程度と短時間の処理が可能なため、身近な再生医療の1つとして、欧米で広く利用が行われています。


最近では本邦でも一部の医療機関で治療(自由診療)が行えるようになってきています。

Q

なぜ五十肩や腱板断裂にACP PRP療法を行うようになったのですか?

A

五十肩や腱板断裂の患者さんというと、ほとんどが中高年の方です。


そして、高齢になればなるほど心疾患や重度の糖尿病など合併症を患っている患者さんが多く、そもそも手術に踏み切るにはリスクが大きく行えない場合があります。


そういった患者さんが保存療法無効である場合、今までは適切な治療がありませんでした。


そこで、ACP PRP療法による治療を開始したところ、どんな保存療法を行っても症状がなかなか改善しない患者さんでも効果がみられることがあり、有効な治療法のひとつであると感じるようになりました。

Q

ACP PRP療法は五十肩や腱板断裂にどのような効果があると考えていますか?

A

ACP PRP療法の効果は五十肩や腱板断裂において生じている炎症を抑制することで、痛みの緩和に作用すると考えています。


加えて、腱板断裂でも不全損傷という軽度な場合においては組織の治癒促進が期待できると考えています。

ACP PRP療法の具体的な治療手順やメリット・デメリットについて

Q

ACP PRP療法の治療の流れを教えてください。

A

治療は外来での診療となります。


治療を行うことが決定したら、予約日に患者さんの腕から少量の採血を行い、血液加工の間(約15分)お待ちいただきます。加工が完了したら、すぐに疾患のある場所に注射を行います。


最近では、様々な再生医療がありますが、ACP PRP療法は採血採取が少量で済み、当日治療を受けることができる負担の少ない部類の治療と言えます。

Q

ACP PRP療法のメリットとデメリットは何ですか?

A

ACP PRP療法のメリットは自分の血液を使うため、副作用のリスクが低いにも関わらず、持続する抗炎症効果や治癒促進作用が期待できることです。


デメリットは、比較的手を出しやすい部類の再生医療ですが、自由診療なので保険診療よりは治療自体が高額になりがちなこと。また、完全に腱板断裂している場合は、その断裂した腱板がつながるわけではないことが挙げられます。

Q

ACP PRP療法を受けられない患者さんはいますか?

A

高齢者の方でも年齢を問わず治療を受けていただくことはできますが、一部の血液疾患、ガンの治療中の患者さんは治療を受けていただくことができません。

Q

治療後どのくらいで日常活動を開始できますか?

A

治療後は、注射を受けた部位を使う激しい運動をしなければ、当日から日常動作は可能です。


個人差はありますが、数日~2週間で効果が表れます。

Q

ACP PRP療法を受けた後の変化や生活上の注意点などはありますか?

A

関節に注射を行うので、当日の入浴は控えていただきます。


その他、効果が減弱する可能性があるため、消炎鎮痛剤は治療前後、2週間は控えていただきます。痛みがあるようであれば、効果に影響がないお薬を処方するので、医師に相談ください。

Q

なかなか治らない肩の痛みに困っている方へのメッセージをお願い致します

A

一般的な保存療法を行っても効果が感じられない、特に合併症があり手術に踏み切れない患者さん、また、よりアクティブな生活をしたいが、痛いので我慢している患者さんは、ACP PRP療法は治療選択の一つになると思います。


また、早期に治療を始めることができれば、再生医療だけでなく、他の治療選択肢も検討でき、更に早期回復も期待できます。


異変を感じたら、まずはお気軽に専門医にご相談ください。